パパと治らない空咳の治し方
半年前から咳に悩まされてきたパパ。
インターネットで調べたら『ぜんそく咳』じゃないかと疑って、病院に行ったこともあります。
でも単なる咳だったようで、咳の原因は不明だと言われてしまいました。
薬で一時的には治るのですが、薬が切れるとまた元の木阿弥。
西洋医学がダメなら東洋だと思い、整体も行ってみたのですが症状が軽くなるだけでした。
結局何が原因が分からないまま半年がたってしまいました。
ふとん屋さんでベットを探しに行った時でした。
ふと店員さんにいろいろ世間話とベットを買うきっかけみたいな話をしていました。
ママ「パパが最近咳が出ちゃうんですよ」
店員「そうなんですか?枕が原因で咳が出てしまうって方がいらっしゃるんですよ。枕を変えてみてはどうですか?」
パパ・ママ「え!?まくら?」
早速その日に変えたら治りました!!
原因は枕の中の雑菌のせいだったみたいです。
綿とか化繊の枕はこまめに中までキレイにしないといけなかったそうでした。
「チューして」「ちゅ」「親子げんかもたまにはいいのかも」
よつばちゃんの表現力がどんどん付き、とうとうパパと口げんかしてしまいました。
「パパね、仕事頑張ってきたよ~。抱っこさせて~」
「いやー!パパ ぷあ(こわ)いもん」
「なんで!?パパのこと好きだよね??」
「すき、じゃない!」
「パパはよつばちゃん大好きだよ。だから抱っこさせて」
「いや!よっちゃん、アンパンマンとしょくぱんマンとカレーパンマンとあそんでるから!」
無理やり迫り、結局大泣きしてママのところに来るよつばちゃん。
でも心の傷はパパの方が大きいのかも。
よっちゃんが落ち着いてからパパの様子が気になり話を聞きました。
「もうよっちゃんなんてしらない。嫌い!
あれは俺の子じゃない!
だからもう育てない!」
「うん。もう育てたくないんだね?」
「絶対に許さない。あれがパパのこと嫌いっていうからパパもあれ嫌い」
「そっか。嫌いって言われて悲しんだよね」
パパも本当に頑張っているのです。
よっちゃんの前で「パパ嫌いなの?」⇒「パパのこと好き?」に変え、抱っこする前には「抱っこしていい?」と聞いたり。
だからよっちゃんも最近は「嫌い」という言葉は使わなくなりました。
まあまだ「よっちゃん、パパのコじゃないから」とは言いますが、これもパパはなるべく言わないようにしているので使う頻度が減ってきていました。
かなり凹んでいるパパによつばちゃんが楽しそうにやってきました。
「こっち来ないで!」
「パパ?」
「もうやだもん!!パパは一人で寝る!」
「よっちゃんね、3っつでねたい」
「・・・パパのこと好き?」
「すき!」
「許してあげる!!」
とてもあっさり仲直りしてしまいました。
次の日は仲良しになり、
「よっちゃん!パパにチューして?」
「(てれてれしながら、ほっぺたに)ちゅ」
「反対のほっぺたも!」
「ちゅ」
「おでこにも!」
「ちゅ」
「/////
パパもよっちゃんにチューしていい?」
「ダメー(と言いながらほっぺたを差し出すよつばちゃん)」
「ちゅ」
見ているこっちが砂はきそうでした(笑)
これから親子げんかは増えると思うけど、たまにはいいのかもと思いました。
「ママとパパ、どっちが好き?」
「ママ!!」
「パパとダディ、どっちが好き?」
「ダディ!!」
「じゃあ、ダディとママ、どっちが好き?」
「ママ!!」
あ、またパパが凹んでる。
「パパと私の働く価値観って全く違う!」 またいつもの夫婦ゲンカ
「パパ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。
私さ、ボランティアとかして、会社では身に付かないスキルを身につけたいんだ。
たとえば、コミュニケーションとか、失敗しながらでもいいから学びたい」
「はあ?なんで?目的は?
目的もなしにやみくもにスキルを身に付けても時間の無駄でしょ。
そもそもなんでボランティア?
家で本を読むとか資格とかでいいじゃん。
中途でコミュニケーションがみんなよりうまいですって人をわざわざ採らないよ、新入社員を育てればいいんだから。
即戦力としては弱すぎ」
「目的は!・・・まだないけど。
本はすでに読んでる。
読んでるからこそ、コミュニケーション能力が大事だって思ったんだよ」
「あとさ、こっちに迷惑かけないでよ」
「!?
それおかしくない?
パパはフルで私はセーブして働いていて、専門的なスキルがなかなか身に付かないのを我慢してる。
じゃあいざ会社が倒産したら?
私はどうするの?」
「会社が倒産するなんて未来を見越せるわけがない」
「そんなの当り前だよ。
誰も知らないよ。
だからこそ、自分のできることを少しずつやってるよ。
仕事で雑用頼まれたとしてもきちんと自分で考えてアレンジしたり、マニュアルを作って私が居なくても回るように努力してる。
それでもぜんぜん甘いかもしれない。
外の世界では通用しないかもしれない。
だからこそボランティアをしようとしてるんだよ」
「・・・ふーん」
「じゃあパパは何がしたいの?
なにか目的があってそのためにはこのスキルが必要で、ってちゃんと考えてる?」
「何にも考えてない!!」
「・・・だよねえ」
「土日くらいは仕事の話をしたくない」
「私も(苦笑)
でも今しかなかったから」
「今日も明日ももう聞きたくない」
「・・・じゃあ私は誰に相談すればいいの!?」
といった感じで最後は夫婦ゲンカしちゃいました。
まあ今なら「パパに相談に乗ってくれてありがとう」って最後に言えば良かったなあって思いました。
「パパと私の働く価値観って全く違う!」って思った瞬間でした。
でも何か自分で動きたいという気持ちはあきらめたくない。
よつばちゃんが生まれたのがきっかけで、地域に貢献したい、よつばちゃんの住む町を楽しい町にしたいと思ったのは間違いないから。
「だから私は『未来洞察』がしてみたいんです」「じゃあ1か月で成果を出して」「は、はい!?」
新規プロジェクトの失敗の原因について、
前の上司は「上のマネージメントや組織の関係に問題がある」
先輩は「チーム全体の動きが遅くなったのがいけない」
別のチームの先輩には「私自身の頑張りや歩み寄りが足りなかった」
と言われました。
一番最初は私がもっと頑張れば良かったのでは?と自分を責めていました。
以前に読んでいた柴田昌治さんの「なぜ会社は変われないのか」では組織自体の土壌に問題があるから新しいものが生み出せなくなったのだと書いてありました。
だから、自分だけじゃなくて相手・組織が悪いんだとも思っていました。
結局、私自身が何かを変えようと動き始めて、ブログを書いたり、新聞読んだり、本を読んだりしたのは去年の11月ごろで、12月にモノづくりが始まり凍結したのは1月。
意外とプロジェクトに対して何もしていなかったのです。
そして、自分を責めても、相手を責めても何も変わらないと、新規プロジェクトが大失敗したことでやっと気が付いたのでした。
そして「大きく土壌から変えていかないと」じゃなくて、「自分の周りから少しでもいいから変えていこう」になっていきました。
だから失敗してもいいし、完璧じゃなくてもいい。
そう自分に言い聞かせて。
そして、原点回帰してもう一度 鷲田祐一さんの「未来を洞察する」を最初から読みました。
自社がどんな方向に向かうべきなのか、たとえば一〇年後に何をなし遂げるべき企業なのか、といった全体ビジョンが企業のどこを探しても見つからないために、一つひとつの判断や決断が遅くなりがちになるのだ。どんなに良いプロジェクトでも、時間が経過するに従って原型が歪んできて、結局は初期の目的を達することができなくなる。また、それらの過程で一つひとつのプロセスにおいて、メンバーの共通認識がはっきりしないがゆえに、過剰に個人へのリスク負担が増大する。その結果、前向きな発想が機内。新しいコンセプトが生まれない。求心力が生まれない。そんな悪循環が日本企業を覆っている。(本文より)
まさにこの通り!
鷲田さんもなんとかしたくて、やっと見つけたのが未来洞察だったそうです。
そこで4月から新しいテーマで
「この本の未来洞察をしてみたいんです!」
「それって日経が出してる未来予測と何が違うの?」
「日経は結果だけですが、未来洞察はチームでプロセスを共有しながら未来洞察できるところが違います」
「うーん、それだけじゃあねえ。最終的な結果は一緒になるんだよね?
半年か1年で成果が出るテーマがいいんだよ。
それだと1年以上かかるか、むしろどれくらいかかるか分からないでしょ?」
「そうです・・」
「しかももう本になって拡散されている内容じゃ古いよ」
「これは未来洞察というツールなので、古い手法ではダメということもないし、新しい手法が正しいともいえないわけですし」
「わかった。そこまで熱意があるならひとまず1カ月お試しね。一人で一度やってみて」
「はい!?」
「一か月後に比較しようか。ふゆきさんの未来洞察と俺の直観とで」
「あ、ありがとうございます!一か月とにかく頑張ってみます!!」
私にとって初めての大きな一歩でした。
熱意だけでごり押ししちゃいましたが(笑)
失敗してもいい、でもやっぱり成功させたい。
そんな思いで未来洞察を始めます。
「新規プロジェクトが凍結した本当の理由は?」「どうやったら凍結しなかったのか」
「新規プロジェクトが凍結した本当の理由は何なんでしょうか?」
コンセプトが決まらなかったから?
魅力的なアイテムが提案できなかったから?
チームと上手く連携が取れなかったから?
色々考えました。
以前の上司曰く、
「チームメンバーが悪いんじゃないよ。
悪かったのは『運営方法』。
先行開発について何も知らないチームメンバーに誰もやり方を教えられなかったから。
あとは『他部署と全く連携がとれてなくて』実現性の低いアイテムになってしまったことかな。
でもこれもしょうがない。
部署のさらに上のトップの人ががやりますってオーダーが出ないと他部署は絶対に動かないから。
動きたくても動けないし、そもそも忙しくて動けない。
つまり、デザイン部の下っ端がこれやりたいと言っても他部署は誰も手伝ってくれないってことだよ」
チームの先輩曰く
「全体的にスケジュールが遅くなったのはまずいっすよね。
12月中に完成できていれば、部内シャッフルに巻き込まれずに最後まで行けた気がするんすよ。
まあそれは上の上司も知っていたからこそ、『スピーディに!!』っていつもいってましたもんね」
まったく別のグループの先輩曰く
「自分で動いてないからじゃないの?
上司は『デザイン畑の人じゃないから』何て指示したらいいか分からない。
そしてふゆきさん(私のこと)はデザイナーじゃないから何もできないと思ってる。
それじゃあ永遠にデザイナーにも何者にもなれないんじゃないの?」
私はすべての答えが当たっているけど、微妙にかすっている違和感を感じていました。
そこで初めて私から上司へ提案をしました。
「どうやったら凍結しなかったのか」の答えをその方法で解決したかったからです。
つづく
新規プロジェクトは永久凍結しました!?
2014年7月某日
「今度新しいプロジェクトを始めるから情報収集をお願い」
2つのグループを取りまとめる上の上司から頼まれました。
初めての大きな先行開発プロジェクトの一端を担うので、私はものすごく張り切っていました。
統計を使った問題解決手法(SQC)でターゲットユーザーを決めたり、こんなアイテムあったら助かるかもと文字で提案してみたり。
そしてこの時が一番楽しかった時期でした。
ただ、やりたいアイテムを決めてからコンセプトをチームで無理やりきめようとしたり、チーム内でやりたいことがちぐはぐしたりして、
「このまますすめたらまずいかも・・」
と各々思ってもいました。
しかし、統一しようとしても結局最後まで出来ませんでした。
それをアンケートで打開できないかとWEBアンケートを社内でしてみましたが、目的が定まらず、知っていた内容を見える化するだけで終わってしまいました。
2月上旬
結局、みんなが「うん、これがいい」というコンセプトが立たないままモノづくりがスタートしていました。
最終的には教育を兼ねた先行開発に切り替わっていきました。
そして、1月には上司が変わり、その上の上司も、部長も変わっていました。
「新規プロジェクト、凍結するって!?」
「え!?なんで!?」
「私も又聞きだから分からない・・・」
一緒のチームの同僚に教えてもらいましたが、お互い情報が少なすぎました。
上司に聞いてみると、
「部長から凍結命令が出たから。やる意味がないものはやらないんだって」
だそうでした。
「ひとまず、新規プロジェクトの振り返りをしておいて」
「はい・・・」
つづく
「精度95%のがん発見方法!しかもワンコインで!?」「でも実用化は10年後・・・。そこらへんにいる寄生虫で出来るなら自分でやればいい」
すごいニュースがありました。
ラジオで実際に九州大学の教授のインタビューを聞きました。
「精度95%のがん発見方法!しかもワンコインで!?」
日本の研究者ってすごいな。
人のためになる研究を長年して実際に実を結ぶって本当にすごい。
アメリカと日本のハーフのジェームスさんが言ってました。
「でも実用化は10年後・・・。そこらへんにいる寄生虫で出来るなら自分でやればいいんじゃん」
「!? その考えはなかった・・・」
と思わずラジオに返事を返してしまった私(笑)
「そもそもアメリカじゃ、こんな研究発表させてもらえないよ。製薬会社の商売あがったりだもん。日本にいて良かった~」
とも言ってました。
【沈みゆく大国 アメリカ】を読む限り、アメリカの目的は「会社の利益や株主の利益」だからそうなんだろうなあと。
逆に日本の目的は「人のため」なんですね。
日本人で良かったなーと本気で思いました。
一つの研究発表でさらりと洞察するジェームスさんにも脱帽です。